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2025年3月は大きな変化が多い月だった。千葉で勤めていたロジスティクスの会社を辞め、岡山県の鴻島という離島で知人のオーストラリア人のコテージ経営の手伝いを始めた。離島にはレストランやスーパーはもとい、コンビニすらない場所だが、予想以上に快適な生活ができている。物理的にレストランにアクセスできないことが逆に利点となり、健康的な料理を自炊することを強いられるため、口から摂取するもの全てを完璧にコントロールできる。また、本土の市場に出向けば新鮮な魚や牡蠣が安く手に入るため、生活面で不便さを感じない。巨大な会社のサービスに金を使うのは気が引けるが、Amazonも島のフェリー乗り場の入り口に届く。このことから、私はインターネットと楽器が弾ける環境があればどこでも生活できることが分かった。
島の生活に規則は存在しない。特別な予定がない限り好きな時に起きて好きな時間に寝る。千葉県印西市にいた時は出社前に練習することが習慣となっていたため、毎朝5時に起きていた。今は早起きする必要がなくなり、9時10時前後に起きている。生活サイクルが段々と夜型に戻り始めている。夜中1時にコーヒーを淹れて作業することもあり、毎日が即興になっている。
また、次第に毎日を月曜日、火曜日と 曜日でカウントすることをしなくなっていった。この感覚は千葉で一年間無職していた時であっても経験したことがない。千葉では休日外を歩くと公園やスーパーの周りに人が多かったり、駅周辺でイベントがあったりと、ある社会システムに帰属する労働者の行動特性から曜日の違いが感覚的に把握できた。一方で島での生活は、天候以外毎日が等しい。朝起きた瞬間何をするか、から計画を立てていき、どのように一日を過ごしたいか気分で決める。どの曜日であっても平等に扱う。時間の流れも、郊外にいた時と比べて緩やかになった気がする。
唯一鴻島の気に入らない点というと、有酸素運動をすることが難しい点がある。鴻島は殆どが坂道で島人の移動手段は車になっている。確かにスーパーマーケットで大量に食材を調達する時は、車があると便利だが歩くことが次第に億劫になるため、一日に必要な運動量の確保が難しい。坂道を走ろうとすると必要以上に心拍数が高まる。千葉では、街を自転車で走ることが多かった。ローカルショップやレストランに自転車でアクセスするため、意識しなくても運動量は確保できた。このことから、習慣的運動しないとマズイと思い、起床後はすぐ家から近い平らな海岸沿いを往復ランニングし始めた。
総じて、思考を妨げとなる要素や人間関係のストレスから解放され、鴻島での生活は音楽の追究には最適の場所だと感じる。
練習方法の変化
今まで行っていた練習方法にも大きな変化があった。今までは毎日の練習は、事前に決めた一週間分のスケジュールに沿って練習することが多かった。例えば、トライアド/基礎練習40分、採譜したLickそれぞれ10分練習、ソロコピー30分、スタンダード練習20分、ウォーキングベース15分など、網羅性のある内容を繰り返し行ってきた。現在はある程度まとまった時間が確保できることから、いつ・何を・どれぐらいの長さで実行するかを決めないようにした。自身の課題を箇条書きでノートに記録して、その日の気分で決めることにした。ソロのコピーはマッスルメモリーを強化する必要があることから毎日練習する必要があるとして、他の練習要素であるどのスタンダードやコンセプトを練習するか等は、自身がその瞬間に一番興味を持っている・改善したい内容を選ぶようにしている。興味がある時に実行したほうが得られるリターンが大きいと感じる。また、一週間単位で区切らないほうが、より新しいエクササイズを作ったときに即実行しやすい。フルタイムで大企業に勤める等の状況で、時間が限られている場合は、その都度練習内容を見直さなくても良いので、一週間単位で決められた内容を実行したほうが、利点はあるように感じるが、今はその都度練習内容を見直す時間的余裕も出てきたため、練習方法の変化は必然的だと思う。
ジャズという言語を学ぶプロセスに限らず、メタ学習モデル強化のためには、何を学ぶかよりどのように学ぶかに焦点を当て続けなければいけないことに気づき始めている。まるで最適な練習を学ぶために修行を積んでいるかのようだ。
3月に行った練習内容
2025年3月は多くの時間をスタンダードの練習に費やしていた。先月辺りからローポジションが苦手でああることに気づき、これはマズイと思い、スタンダードをローポジションに制約してトライアドをなぞる練習をしていた。あとA弦を使ってハイポジションで完結するフレーズをあえて、DとG弦に限定してローポジションからハイポジションにシフティングしてフレーズを出す練習もしていた。やはり、ハイポジションで選べるA弦の音よりローポジションのDかG弦で同じ音を出した方が圧倒的に音響的に優れている。ベースギターから始めたのでどうしてもハイポジションで完結するフレーズを出してしまいがちだったが、最近は左手がローポジションとハイポジションへのシフティングに慣れてきたため、トーンを気にし始める余裕が出てきた。次第にいかに自身の音が埋もれているかを認識し始めた。
また、ウォーキングベースを様々なメトロノームのバリエーションで練習したり、Moiseアプリを使ってジョーヘンダーソンのサックスだけ抽出しそれに合わせてコンピングすることが多かった。ソロはトレーンのBlue Trainをサイレントベースでコピーした。ベースギターではバードのCosmic Raysのソロをコピーし、音ではなくスイング感を抑えるよう心掛けた。スイング感の改善のため、Mike Longoのオンラインマスタークラスを訪問することもあった。Mikeはディジー・ガレスピーのピアニストで、ディジーから直接学んだリズム言語をVol.1-4で解説している。一コース$39.97(現レート: 4月9日で5,871円)で値段はかかるが、ポリリズムの理解に大変役立った。有料コンテンツのため内容の詳細を記載できないが、リズム言語主導のソロの取り方や考え方など、ディジーから伝授された経験学習モデルは、音楽に対する哲学的考え方を含んでおり、ある一つのドキュメンタリーとして見ても興味深かった。
練習記録を見返すとLickの練習はあまりしていないように見えるが、コルトレーンとソニー・スティットのフレーズの採譜が多い月だった。探索していた曲やアーティストもやや古く、バード、バド・パウエル、ソニー・スティット、トレーン、マイルス、ハンク・モブレー、モンク、オルネット・コールマン。また、クラッシックを聴くことも多かった。ストラヴィンスキーや、バッハ、ショパン、ヴィヴァルディを聴いていた。即興音楽を普段から聴いていると、クラシックが一層斬新に聴こえる。特にバッハ。彼の音楽は聴くたびに新しい発見がある。洗練されたカウンターポイントやトライアド転回など、無からこれらを生み出したバッハは神からギフトを授かった人間だと言われても納得がいく。バッハの音楽は今でも新しく聴こえるため、クラッシックというカテゴリ名に違和感を感じるほどだ。