【2025年練習記録11-12月】テント生活とMP3プレーヤー

11月になると鴻島は急に寒くなった。一日前は夏だったのに翌日に冬を感じるほどの異常な季節の切り替わりにより、鴻島の最寄りの日生(岡山)のご当地名物の牡蠣が5割削減したとよく訪れる日本食の亭主が教えてくれた。今年は水温が例年以上に上がったことが起因とされる。

11月の中旬に一度だけ海で泳ごうとウェットスーツを着て泳いでみたが最初の一分間は心臓が止まるかと思った。必死に泳いでいると次第に体が慣れてきて20分ほど泳げることがわかった。ただ潜るとかなりの寒さを感じる。目覚ましにはちょうど良いので晴れの日のルーティンに取り入れるかもしれない。

気温の変化が突然訪れたため、鴻島の木々の衣替えも例年に比べて遅いと島民から聞いた。

11月の初旬は関東/千葉にいた。仕事の休みをとり10月下旬から2週間ほど滞在していた。鴻島の暮らしに慣れて街に訪れると暮らしの違いに驚く。空気の質や騒音を意識してしまう。自然の中で生活することでサバイバル要素が自身を強くする反面、感覚に対して敏感になってしまうため、ある意味弱くなる。

関東から鴻島に戻ったら多くの時間を練習とセッションに通うことに費やしていた。練習は半年前から変わらず右手の3フィンガーの改善とソロのコピーに注力していた。3フィンガーはやっと右手の親指を起点としてトルクを使って腕の重さを乗せてピチカートすることに慣れ始めた。一度この方法に慣れると過去の録音したピチカートの音色を聴くことが耐えられない。もっと早くに気づくべきだったと感じる。一方で今だにA弦や弦間を移動する際のぎこちなさを感じることがある。こればかりは時間をかけて取り組むしか解決策がない。一つの音楽の課題を改善しようとすると、長期的視点で反復練習が必要になるため、どうしても謙虚にならざるを得ない。

12月の鴻島は寒い。とはいえ夜でも0度になる程度かどうかで夏と比べて比較的安定しており(ゲリラ豪雨的な天候はない)、晴れの日も多い。ただ海で泳ごうとは思わなくなってきた(昼の14:00-15:00、日が出ている時間帯のみ半裸で海辺で練り歩いている時はある)。

11月は祝日が多かったことから鴻島に週末ゲストが宿泊することがあった。一方で12月は初旬、中旬誰も来なかった。年末年始はゲストの宿泊予定がそこそこ入っていた。セッションに行って人間と話すことやゲストの対応することは社会的に機能するために必要不可欠に感じることがある。12月は16:30を過ぎると暗くなり始める。少なくとも私が住んでいる場所はちょうど木々に夕陽が隠れてしまう位置にあるため、ビタミンDに生成可能な時間帯が狭い。外も寒いのであまり身体を動かさず室内で作業をして誰とも会わないと脳の一部が退化する感覚がある。孤独というプログラミングがデフォルトでハードウェアに備わっていることを感じざるを得ない。そのため、12月中旬に友人たちが数日訪問してくれた時は嬉しかった。冬に行うバーベキューや星空を桟橋で仰向けになりながら眺めるアクティビティはいい思い出だ。

真ん中の黒煙物体は焦げた玉ねぎ

季節が冬になって気づき始めたことがある。夜に星空を桟橋で観察していると、海の中でたくさんの何か小さい生物が瞬きのようなスピードで光り輝いていることに気づいた。一体何の生き物か調べていると、海蛍でも夜行虫でもヒカリキンメダイでもなく、一番近いのはハダカイワシ的な何かだと分かった。

カップで海水を汲むと透明の小さな魚がカップ内で光る(この写真では見えにくい)

少なくとも実物は透明で1cm満たない程度の大きさでランダムなパターンで水色を発光する。この生き物の光はとても美しく、星空を見るのに飽きた時にこのカオスなエレクトリカルパレードを眺め、これに見飽きたらまた星空を眺めるということをしている。稀にイカが赤や黄色を発光していてこの時期の夜の海面は賑やかだ。

日本の地方のセッションの雰囲気

今年8月の中旬から岡山にいる時は、岡山、兵庫、香川辺りで毎週どこかのセッションに行くようにしていた。私が2018年までミネアポリスにいた時のセッションの違いや日本のミュージシャンの考え方に一定の普遍的パターンが見えてきた。どこのセッションに行っても音楽が好きという共通認識により初対面でも歓迎の雰囲気があるのは嬉しい。ただ、場所によってミュージシャンが活発に情報交換しないことにも気づいた。参加している年齢層が高まるとこの傾向は強まる。自由に多様な音楽を演奏させてくれる場所と一方でトラディショナルな価値観に基づいた演奏のみをジャズだと考えるミュージシャンも一定層存在していることに気づいた。また、セッションをする順番は事前に決められることが多く、飛び入りで参加するということがないため、カラオケ的な要素を感じざるを得ない。特にジャズのテーマ部分を歌いたいという50代以降の人間が多く、ジャズのメロディーが地方でも愛されていることに気づく。この事前に決められた順番とテーマ部分のみを歌う人がいるとカラオケ会場にいると錯覚することがある。

順番が決められているということは演奏したい曲を決めることができるため、課題と感じている曲をセッションというβ版テストグラウンドで試すことができて、これはこれで面白い。アメリカにいたときはベースという立ち位置で参加すると少なくとも自分で決めることはあまり多くなかったと記憶する。東京のセッションでもリズムセクションに属する楽器は決めることがほぼないと他のミュージシャンが教えてくれた。

他には誰かが主導権を取ってくれることに期待する人が多いため、この側面は周りに配慮するという日本的な特徴が現れている。そのため、どのような状況で自分から引っ張らないといけないとかを改めて見直す機会があり、勉強になる。

また、セッションで他のミュージシャンが良い音楽について情報交換しているのを聞くのが面白い。会話内容に面白さを感じるというより、世代間を超えて’最近聞いたこの音楽は良かった’等の話ができる空間に魅力を感じる。

テントでの生活

セッションに連日参加すると、一度島に帰るのが面倒に感じるため、市内に滞在するようにしている。セッションに通い出した8月はネカフェで3000円程度払って6-7時間睡眠することがあった。しかし、金曜は岡山・姫路市内は埋まるため事前要約が必要でチェックインが面倒だったり、他人と空気を共有しないといけないことが不潔だと感じたため、テントを持っていくことが多かった。セッション後どこに泊まるかと聴かれて’すぐそこの公園でテント張って寝る’と言うと他の人は驚いた顔をする。特に外気温が寒くなるにつれて虫もいなくなり、テントでの生活は非常に快適に感じるが一般的な感覚としては修行僧のような扱いなのかもしれない。雪山登山が好きなので市内の0度の気温で公園にチェックインするのは何も不便に感じることがない。凡そ10分以内にテント、マットの設営も済むため、雪山仕様のギアを一式持っているだけで生きる選択肢が広がることに魅力を感じる。テントはCRUXというシングルウォールのエックスフレーム構造で、雪山用に開発されており、設営に3分掛からない。大きなファブリックに2本ポールを通すだけだからだ。一般的なキャンプで使うテントは結露を回避するためダブルウォールのデザインが多い。ただCRUXは通気性のある特殊素材で結露が雨天(or 二人でテント内で寝る)以外起きない。同様にサーマレストの冬仕様のマットレス(Xサーモ)も床面の熱を遮断し身体の熱を反射するデザインになっているため暖かい。マットレスがオーバーキルなので寝袋は雪山仕様の大型のものを持ち込む必要がなく、バックパックの容量は30Lもあれば十分で携帯性に優れている。テント自体にも耐風性があり、通気口があまりないことからダウン一式着ていればテント内で寒さを感じることはない(寧ろ夏のテント生活は地獄だ)。

ハンモック+アンダーキルト(ハンモックの底部分に取り付けるダウン)の組み合わせでも市内なら快適に寝られそうだが、私がチェックインする公園は大体マンションに囲まれた住宅街を狙い目とするため、木が少ない。住宅街の公園のステルスキャンプは良い。そこそこ知名度のある公園だと朝6時30頃に爆音ラジオ体操の目覚ましサービスがついて来ることがあり耳栓が必須であるため、最近は避ける傾向にある。従ってGoogle Mapで誰も知らないような住宅街の一角にある公園を狙うのが最適解であることに気づいた。10分でパッキングし早朝にはチェックアウトするため、マンションや住宅街の労働階級は平日の早朝に近場で誰かが外で寝ていることに気づくこともないだろう。

岡山の音楽好きとの出会い

岡山市内には沢山の音楽好きが存在していることに驚く。鴻島に仕事に毎日便利屋さんとして来る友人(レコード収集家)もその一人で、市内の様々なバーを紹介してもらった。バーではレコード再生用のターンテーブルやレコードがカジュアルに置いてあったり、音楽イベント主催者もバーに足を運んでいたり、深い音楽シーンが岡山市内に存在している。彼らは私に世界の音楽から前衛的な音楽、スピリチュアル系、幅広く紹介してくれた。岡山に来るまでアンビエント系やノイズというジャンルが存在していることにも気づかなかったため、自身の音楽ライブラリがこの一年で急激に増えた。

特に私の住んでいる場所に友人(レコード蒐集家)を誘い、音楽を一緒に聴いて情報交換するといかに自身が音楽という大きな枠組みの狭い世界に存在しているか感じざるを得ない。即興音楽に大部分の時間を費やしていると即興が音楽の核心的な部分だと錯覚してしまう。現実は即興は音楽を構成する一つの要素で作曲や音色等他の要素を見失いがちであることに感じ始めた。もしかしたら私が存在している時代背景も影響しているかもしれない。テクノロジーの進歩により対面のコミュニケーションが薄れてきている現代で、ストリーミングによって無限の音楽も聴けて、ソーシャルメディアを開くと少なくともジャズコミュニティーでは即興のアクロバティック/アスレチック的要素に焦点を当てたコンテンツに注目が集まるため、音楽という大きな枠組みの観点で考えることを見失っていた。純粋に様々な音楽を聞くという体験が好きな人と接すると改めて大きな音楽全体の枠組み、そして何が良い音楽を作るのかという問いに帰結することから、改めて自身の即興について一歩下がって考えることができる。

偶に音楽が好きなのか即興が好きなのかよくわからなくなる時がある。コルトレーンのライブを聴くのは、宮殿やサーカスでとんでもないアクロバティックの動きをするジェスターを眺める楽しさと似ているのかもしれない。即興音楽をするジャズミュージシャンは漫画のような個人それぞれが特殊能力を備えていて、鑑賞する側はそれを発見することの楽しみを探しているだけなのかもしれない。即興という一種の音の選択プロセスには’目立ちたい/注目したい’という、音楽を作る上で不必要なエゴに向き合わないといけないため、これに支配されないことに意識を向ける必要がある。

MP3プレーヤー

鴻島に仕事に来る私の友人やレコードを日常的に使用している他の音楽好きと交流していると、いかにメディアを所有することの重要さに気づく。音楽を聴くことによりコミットできるためだ。

岡山県に引っ越して以来、音楽好きの友人とレコード屋に一緒に訪れた時に驚いたことがある。アルバムジャケットの裏表には、参加アーティストが乗っているだけでなく、音楽作成の経緯が記載されており、リスニング体験に新しい情報を与えてくれる。

昨今のストリーミングには不満が多い。アーティスト搾取やAI生成されたジェネリックな音楽、アルゴリズムによるレコメンド等はもちろんのこと、ジャズを中心に聴いている人間として、曲に貢献したアーティストの情報が全く載っていないことだ。過去にYoutubeで上原ひろみがストリーミングサービスの曲のUIでインフォメーションボタンのようなものがあったら(タップしたら参加アーティストが分かる)便利と発言しいていたのを思い出す。ググるのは面倒だし、正しい情報か常に吟味しないといけない。ChatGPTに頼るのも情報の信憑性に欠けるため気が引ける。アルバム名でググってWikiが出てくればいいが、そうでない曲もある。

従ってストリーミングで曲を聴いていると自身の好きな曲を聴くことはできても、アーティスト情報やアルバムに貢献した人が分からないため、時代背景や横の繋がりが不明瞭になる。ジャズを学習することは(ジャズ以外の音楽でも)音楽だけでなく、歴史やルーツを学ぶ必要があると考えているため、アルバム単位でリスニングする必要があると考えた。そのため、MP3プレーヤーを買うことにした。iPodかウォークマン、他格安の中華製品で迷ったがすぐ壊れないこと、Bluetooth搭載していることを考慮するとウォークマンしか選択肢がなかったため取得した。

やっとこれでメディアの’無所有’から解放される。ウォークマンを使って音楽を聴くことはストリーミングのリスニング体験とは全く異なる。欲しい曲を調べてダウンロードしてパソコン内にフォルダ分けし、ウォークマンをパソコンに接続し、ドラッグ&ドロップして初めて曲を聴くことができる。この一見不便な流れにより音楽に対する愛着が沸き、自分だけのライブラリを構築することで自身の好みが可視化される。リスニング体験が異なるといっても音自体変化するわけではないが(高級なMP3プレーヤーは音質が違うかもしれない)、一方で改めて音楽を聴くということは、曲を聴くだけのことに留まらないと感じる。容量の限られているMP3プレーヤーに入れたい曲を意図的に選択するという一連の過程が一曲を聴くコミットに繋がるように感じる。また、散歩に出かける際に通知ばかり送ってくるスマートフォンを持ち運ぶ必要がないのも利点だと感じる。今のスマートフォンはもはやドラッグのようなものでストリーミングプラットフォームを開いて好きな音楽を聴くまでにどれぐらい私たちの時間を盗もうとしてくるかを考えると恐ろしいものだ。そして一曲聴いたら次に大体再生されるのはオスカー・ピーターソンかポール・デスモンドの確率が高い。カジュアルに聴ける曲、大衆にHITする曲というロジックでこれらの曲を選択しているのだろう。

マイケルブレッカー伝記

ブレッカーの伝記を読み始めて11月下旬にやっと読み終えた。マイケルブレッカーが(どのインタービューか忘れたが)コルトレーンは多くを語らずしてこの世をさってしまったことに感謝していると言っていたのを思い出す。コルトレーンが残した練習記録や方法は存在していない上、インタビューも数少ない。マイケルブレッカーにとってコルトレーンサーカスの舞台裏が見えない方がが神秘的に感じた、ということだろう。私もマイケルの伝記を読む前は彼に同じ印象を受けた。詳細に記載された伝記は彼がどのようにして’マイケルブレッカーになったか明かしてくれたため、神秘性は減ったかも知れない。それでも私はマイケルの伝記を読むことができて良かった思う。得られた知識のほうが大きい。マイケルについて知れば知るほど、彼の残した芸術の波紋がどれだけ大きいかが理解することができた。伝記の中でいくつか印象に残った点がある。一つはマイケルのファンが’私はあなたのソロをコピーしていて大ファンなんです’とマイケルに言うと’ありがとう、でも私のソロをコピーするな。私が影響されたアーティストをコピーすれば兄弟関係になれる’と言った点だ。この考えは面白かった。トレーンやジョーヘンダーソンを聴け、と言うことなのだろう。あといくつか印象に残った点があったが今書いている時点で思い出せない。

聞いた曲、コピーした曲

先月(10月)に続きキャノンボールのI Remember YouとThe Sleeperをコピーしていた。彼のタイム感は素晴らしい。他にはアーチービショップやソニーロリンズを聴くことが多かった。ブルースもよく聴いていた気がする。今年は意図的にマイケルブレッカーから離れた年だった。即興とは何かを探るためのヒントをマイケルブレッカー以前に生きていた音楽家達から学んだ年だった。

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