【2026年練習記録6-7月】窓際で叩く

梅雨のせいか6月はあまり宿泊客が来なかった。そのため多くの時間を練習に充てることができたため、練習時間や内容という観点では良い月だった。しかし窓際で海を眺めながら打楽器を叩いていると気づけば夜になっていることが多かった。鴻島の時間の流れは早いのか遅いのか分からなくなる時がある。

海辺を朝走った。体が温まるため海に入ることができる。とはいえ6月の海は冷えていない為ウォームアップ無しでも入ることができる。虫も増えてきたため皮膚刺されに海水が効く。傷口が早く治る効果を感じる。

朝から海水浴するのはシャワーのためで、海で泳いだ後のシャワーが心地良い。

7月は梅雨がまるでなかったかのように一気に暑くなった。耐えてはいたが、7月中旬からエアコンに頼らざるを得なくなった。エアコン無しだと西日の直射により室温が39度を超える。友人から貰ったアフガニスタン製の厚手のスカーフをカーテンがわりに窓際に設置すると緩和されるがそれでも14時から16時の間は室内はサウナとして機能する。

6月7月は日常に様々な変化があった。まず、ジャンベとドラムセットを導入した。ベースよりも打楽器を練習している時間が長かった。ドラムセットはDrumeoというオンラインのサブスクのコースで基礎を眺めているが、簡単なファンクグルーブでも物理的な演奏が難しい。ベースドラム、ハイハットの足動作に慣れるのに時間がかかることがわかった。

ドラムセットは勉強になる。頭の中でドラマーがどのように考えているのかの氷山の一角の先端を少し眺めることができた。リズムの細分化のグリッドが頭の中で構築されていないといけない上に、その中に無/意識的に様々なリズムを重ね合わせる必要がある。

ドラムは以前より習いたいと思っていた。去年から今まで、楽器という観点ではコントラバスにしか焦点を当てていなかった。コントラバスは左手の小指の動作がうまく機能しなく(極先で押弦する癖をつけている段階)、梅雨の時期でサイレントベースの鳴りも悪く(住んでいる家の目の前が海なので、湿度は海に浮かぶ船の上のようなもの)ベースギターを練習することが多くなった。コントラバスの左手の改善は右手と同じように長い期間をかけて改善するしかないことに気づいたので、効率を求めたり、心理的に焦る必要性を感じることがなくなった。ベースギターをX時間練習してもコントラバスはX分しか一日に練習しないこともあった。

時間に余裕ができたのか気づけばドラムセットをオンライン決済していた。ドラムチョップやドラムソロを練習するというよりは、暇な時間にジェームスブラン流してファンクグルーブを演奏したかった。また、薄々気づいていたが、ジャズの文脈でドラマーが演奏していることを理解するためにはドラムを習わざるを得ないということに気づいた。ハーモニーという観点ではピアノでも習っていれば網羅的に他楽器が演奏している内容をある程度理解できるかもしれない、しかしドラムは他と全く違う。シンコペーションを一人で作り出すので、他楽器ではこの再現は難しい。

現段階ではエルヴィンジョーンズがやっている内容がさっぱりわからない。今後ドラムを練習すると彼のやっていることが少しでも分かることができるのか、それともダニング=クルーガー効果のように、練習すればするほど自身の無知さに気づき、彼のやっていることが分からなくなるかもしれない。

6月7月は友人にお勧めしてもらったファンクばっかり聴いていた。ジェームスブラウン、Funkadelic、Parliament、D’Angelo、The Meters、ただ一番衝撃的だったのは間違いなく、Babatunde Olatunjiだ。彼のDrums Of Passionというアルバムが素晴らしかった。これがキッカケでインターネットのアフリカンドラム音楽を聴きあさっていた。このアルバムを聴きながらジャンベを叩くのは楽しい。Babatunde Olatunjiからは神秘的な何か力強さを感じる。彼を好きになって後で分かったことだが、コルトレーンもBabatunde Olatunjiと一度共演していることが分かった。コルトレーンの最後のパフォーマンスの一つ手前の演奏だったらしい。My Favorite Thingsも収録されている。

エルヴィンがハイチのドラマーTiroroに目をつけたように、私が好きになった音楽家がコルトレーン関係者のレーダーの中に既にいるのが面白い。彼らは他にどれだけの素晴らしい音楽を知っていたか。島に居て周りに音楽家がいないことの辛さは面白い音楽の共有ができないことにある。

音楽の聴き方にも変化があった。どの音楽を聴く時も、アーティストの見た目の髪のないハゲでドラムを叩いている姿を想像する。全ての楽器をドラムとして捉えるようになった。

ドラムという新しい楽器を習得する時も、今までコントラバスで様々な失敗を繰り返してきたので、楽器の練習過程は良くなっていると考えている。今までは音楽というより、テクニックの一部に焦点を当て過ぎていることが多かった。例えばコントラバスの左手右手の改善があまりに忙し過ぎて今考えると過去の二年の練習内容は100%音楽に充てることができなかった気がする。

寿司の美味しさに感動して寿司職人を目指す場合、魚の目利きや米の炊き方、捌き方等網羅的にサービスに必要な要素を学ぶ必要があるのに対して、気づいたら年中包丁研ぎだけをを練習するという間違った方向性に進んでいたことに気づく。

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