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5月に何していたかあまり記憶がない。島でのスローライフの生活に慣れてしまったせいか、時間感覚と特定のイベントが紐付かない。練習方法が変化していることはわかる。限られた時間に多くの内容を消化しようとする方法ではなく、楽器を手に取ってとりあえず弾いて課題が出てきたら取り組む、という形になっている。これがいいかどうかは分からない、練習方法をノートに書いて考えるのが面倒になったかもしれない。ただ練習に対してより柔軟なアプローチになった点と、突発的に出てくる興味に対してより素直になった。何か学ぶ際も興味があるうちにやった方がいいということに気付いている。ある曲に対してソロのコピーをしようと思っても2〜3日後に熱が冷めてしまうケースがある。練習内容を固定しないと興味出てきた内容にすぐ取り掛かることができる。これは利点に感じる。区切りを決めずにダラダラ練習する点は良くないかもしれない。しかしダラダラと長時間楽器に触れる、ということが必要だと潜在的に理解していて実行しているだけかもしれない。
5月の日常生活はユニークだった。朝10時頃起床し、晴れていれば海岸までサイレントベースとコーヒーを持って歩き、そこで練習し、昼頃からコテージのオーナーが依頼している作業を行い、終わったら同じように海岸で練習する、ということが多かった。すっかり夜型になってしまったため星空の下、暗闇の中練習することも多かった。暗闇だと指板を見ても情報が手に入らないため、運指のいい練習になる。練習は右手のスリーフィンガー奏法の改善に注力することが多かった。しかし今だにテクニック体得のレベルに到達していない。あまりに膨大な時間を要するため、2フィンガーから3フィンガーにシフトするのは割に合わないのかもしれない。体得していないため、テクニックの多くの利点も語ることができない。弦間移動する際、間違って中指をスキップするということはなくなった。一方でシンコペーションやアクセントを人差し指で足そうとすると、どうしても脳が右腕・手の回転が不自然だと判断してしまい、人差し指の代わりに勝手に薬指でアクセントを取っていたりする。3フィンガーは難しい。ロケットサイエンスでもないため、原理は非常にシンプルで薬指→中指→人差し指→(薬指に戻る)という順番で弦を弾くだけだが、ここにアクセントや、弦間を多く跨ぐようなフレーズなどを取り入れると習得難易度が上がる。ただ、この点に関しては時間が解決してくれるため楽観的に考えている。

コントラバスは去年2024年1月から真剣に取り組み始めた。左手を4フィンガー、右手を3フィンガーのシステムを学習し始めた。去年は全ての時間をコントラバスに充てないと弦を弾いて音を出すことも困難だった。覚えることが多すぎた。最近になってやっと少し余裕が出てきたのか、エレキベースを弾き始めるようになった。エレキベースから練習を始めるということはないが、コントラバスの練習を1時間ほどして疲れたらエレキベースに切り替える、ということも珍しくない。殆どコントラバスでしか右手の3フィンガーの練習をしていないが、エレキベースの右手のピチカートはやはりコントラバスと比べてスムーズで3フィンガーの難易度は少し下がるように感じる。
5月に聴いていた曲(コルトレーン、ファラオ・サンダース)
去年と異なり今年度はマイケルブレッカーを中心に聴いているというよりは、偉大な音楽家から何か学べることがないかと、バードやトレーン、マイルスを中心に聴いていることが多い。おそらくブランフォード・マルサリスのインタビュー動画を見た頃が影響している。マルサリスがトレーンのサウンドを探るべく、トレーンのソロが収録されているテープを使って練習していた際に、アートブレイキーがやってきて、ブランフォードに「トレーンが練習していた時は自身の未来のソロが収録されているテープを使って練習していたか?」という問いかけをして、ブランフォードが憧れの人がフォローしているミュージシャンを探り学習することの重要性を語っていたことを思い出す。つまり尊敬するミュージシャンが何にインスパイアされたかを把握し、学習しないと尊敬する人物のサウンドの本質に近づけないのかと考えて始めた。同じようにマイケルブレッカーをコピーしても彼のサウンドに近づくことができない、トレーン、他(バード、ロリンズ、ヘンダーソン)をより意識して聴いている。
先月4月からコルトレーンのコード進行の変化が激しい曲ではないスタンダードのソロに魅了されている。先月コピーしたLike Sonnyに続き、今月はSonny Clarkと共演しているトレーンのSpeak Lowをコピーした。Speak Lowのトレーンのソロに魅了されたのは、速いスピードで音階のアップダウンが多いフレーズを出している点だった。このドライブ感は26-2のトレーンのソロと比べてより力強さがある。ただ5月に一番よく聴いていたのはファラオ・サンダースだったかもしれない。彼のフレーズは特段テクニカルでもないが、何故か心に刺さる。ファラオのソロは感情的に聴こえる。ソウルフルで、スピリチュアルに感じる。この辺りを探ると音楽は神秘的で、デカルトが提唱するようなデュアリズムの心と体の「心」の部分からファラオの音は生み出されていると考えても不自然ではない。そう考えると音楽で表現するということは奏者の体の細胞全てが演奏に関与していてもおかしくない(パットメセニーが同じようなことをこの動画で語っている)。ファラオのサウンドを追求すればするほど、演奏することだけが音楽なのではないのかもしれない、と感じさせる。哲学、生まれ育った環境、過去体験全てが即興表現に関係していると感じる。
音楽が言語なのではなく、言語自体が音楽である
脳科学者でありバイオリニストのDr. Molly Gebrianの効率よく練習する方法について語っている動画を見た。そこで主題とはかけ離れているものの、言語自体が音楽である、ということを主張していた。幼児が成長するにあたり、音を統計的に情報として収集する際に、言語と音楽を明確に切り離して考えていないというアイディアを提唱している。私はこの言語は音楽そのもの、という考えに興味を持ち始めた。
音楽自体が言語の一つだというアナロジーを特定の文脈で使われていることは広く周知されている。音楽理論は言語の文法と同じように決まりがある。例えば私にはコルトレーンのソロはまるで会話しているように聴こえるから、この考えは理にかなっている。ただ言語を音そのものとして捉える考え方はあまり気にしていなかった。こう考えると言語という音楽も美しい音楽と酷い音楽が存在する。私の脳は勝手に人の話し方に注力する癖がある。どのように聞き手に対して相槌を求めるか、どこで文章を区切るのか、ロゴス・エトス・パトスをどのように組み合わせるのか、どれぐらい情報量や会話のつなぎが潜んでいるのか。例えば政治家のスピーチは会話のつなぎ、エトス・パトスを多用する。そして文章を短く区切る。権威主義者が奏でる音楽の特徴は情報量が少ない。一方でノーム・チョムスキーをはじめ哲学者の奏でる音楽は美しく聴こえる。ロゴス、アナロジー、メタファーがスピーチのベースとなっている。前文章でデカルトという単語が出てきたので思い出したが、音楽にもデカルトが提唱した修辞学が存在する。特定の音パターンでどのような感情に訴えかける働きがあるのかの解読の試みだ。
ギア関連 ワイヤレスシステム、SELDERベース
Amazonが鴻島に届くことを知ってから、オンラインショッピングに依存してしまう。5月は二点大きな買い物をした。一つ目はSELDERのベース。Amazonで2万円ほどだった。まさか鴻島でエレキベースを買うとは思わなかったが、きっかけは鴻島から少し離れた場所にある本土のアルカディアビレッジという楽器演奏できる複合施設でLegendという安いベースを発見した点だ。Legendは高音域がクリアでもしかしたらこの高音域の特色は安ベース共通しているのかと考えた。従って興味本位で同じ安いベースのSELDERを購入した。ステンレス弦に変えたら音が高音寄りになった。SELDERのベースが手に入ったので12万のYAMAHA TRB1004Jは売ることにした。TRBにはいくつか不満な点があった。まず、ケーブルをプラグインする部分が、フェンダータイプのようにピックアップが付いている面に付いておらず、末端の側面に付いているため、ソファに座って演奏しようとするとケーブルが干渉する(L型ケーブルであっても)。この点は不便だった。次にアクティブベースであるため、バッテリー取り換えが面倒だった。バッテリーの持ちは良かった。ロングスケールも合わなかった。TRBの特徴的な音を出すためロングスケールは避けては通れない道かと思ったが、普段はコントラバスに弾き飽きた頃にベースギターを弾くため、手軽に触れられる楽器に感じなかった。左手のシフティングに慣れるのに多くの時間を要すると考えた。

一方でTRBの良かった点は煌びやかな音と4弦にも関わらず24フレットまであり高音へのアクセスが容易だった。そして安いベースと比較すると、木材、塗装など、細部にわたり全体的な造りはしっかりしていて、楽器としの完成度は高い。ただ私は楽器の質より音が気になる、そして質が高いと丁寧に扱わないといけないため、外に持ち出したりするのに神経質になる。また、高音側のフレットに関してはSELDERを購入する前に自身でフレットを高音側に延長できないかと考えた。コントラバスではHigh Bbあたりまで押弦することがよくある。YAMAHA TRBであってもHigh Bbまで指板延長が必要で、千葉にいた時、関東のギター工房に問い合わせると、費用が3万以上かかるとのことだった。コントラバスの指板延長は4万だったことを考えると、指板にRの存在しないポン付けで済むようなベースギターの指板延長に3万円を払う気にはなれなかった。代案として安いベースに指板延長DIYした方が、改造失敗しても精神的ダメージを負うことはないと考えた。改造については書くと長くなりそうなので別ブログで記載する。SELDERのネックに触れると、平べったい指板とネックをつけ合わせただけのような形で私好みではなかった。そのため、指板延長だけでなく、ネックの側面を地道にヤスリで削った。削りすぎると強度に影響する懸念はあったが、安いベースなのであまり気にする必要がない。
フェンダータイプのベースに回帰する理由はよくわからない、最終的には演奏した感覚と直感が重要になる。もしかしたらフェンダータイプに懐かしさを感じて選択しただけかもしれない。今のところSELDERに不満はない。
LEKATOワイヤレスシステムを導入した。録音する際に、モニタリング用にヘッドホンかイヤホンをオーディオインターフェイスにケーブルで接続することが煩わしく感じていた。BOSS WL-20と合わせることで、ベースのインプット、モニタリング含めて完全にワイヤレス化できないか考えた。

ケーブルによく絡まったり脚を躓いたりでケーブルはアクシデントの元だと感じていたため、録音から練習まで全てワイヤレス化することを目的とした。結論としては、録音ではたまにBOSS WL-20と干渉するため、今まで遠りシールドを使う必要がある。しかし練習では使える。滅多に途切れることがない。キッチンに水をとりに行く時など練習している際にわざわざイヤホンを外す必要がないので大変便利になった。唯一の欠点があるとすれば4−5時間使用したら充電する必要がある点で、普段からコンデンサーマイクで収音した鳥の鳴き声や風の音などの日常音をずっと聴いていたい人間としては継続的に使用できないので少し不便に感じる。
ギア ワイヤレス LEKATO